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甘くない差し入れ:

アニソン・ヴィランズで頂いた差し入れチョコ等。
大好きなスイーツ沢山で幸せな日々。
そろそろ痩せにかからねば、
今日で甘いモノ祭りは終わりにしよう。
最後までとっておいたチョコの包みあけると
「元ラグビー日本代表ヘッドコーチ ビのジネス書」
…包装紙は確かにJUNKUDO。
はい。読んで痩せます。


コメント
伊藤えんまさんのアニソン-ヴィランズ見ました。アニメキャラクターが沢山出てきたけどなんだか物悲しい気持ちでした。
えんまラオウは、好きと言ってくれたハーレクインをバッサリふって、去って行くのですね。
残酷で、その後のストーリーがもう入ってきませんでした。
最近見た美女と野獣ではベルが野獣を愛してハッピーエンドになるのに、ラオウは好きと抱きしめてくれた女を捨てて行くって、真逆?!
ファンタジーじゃないですね、
現実のえんまさんに言い寄ってくる女性を切り捨てたくて察してもらいたかったのですか?
ラストのライト点灯も悲しく思えました。
ハーレクインを捨てて行くのも悪の美学なんですか?

私が子供なのかもしれませんが、
ハーレクインの手をとってしあわせにしてほしかったです。
  • ヒロコ
  • 2017/04/29 12:49 AM
>ヒロコ
いやぁ、もの凄く物語に入ってくれて有り難うございます。

でも! ちょっと俺の伝えたかった解釈と違うので解説しておきますね。

まず
ラオウは想定40才〜、ハーレはまだ10才、なのです。:笑

従って、彼らにはあるのは恋愛感情的なものではなく、親子愛に近い友情なのです。

ハーレがラオウに抱きついたのも、
「愛してる」というより「せっかくお友達になれたのに離ればなれになりたくない!」という思い方が近いのです。


ハーレを「バッサリ切った」のではなく、
ラオウは自分の宿命に従って去ると同時に、親友となってくれた娘同然のハーレに「自分がいなくなっても強く育てよ」と言い残したのです。

親子のようで親子ではないのですから、ちょっと変わった友情ですが。

二人の友情は永遠ですが、
ラオウは原作の世界でケンシロウに破れて倒れる運命。
またハーレは原作でジョーカー最愛の彼女としてアメコミで大活躍してゆきます。

作家としては
日本漫画とアメコミという
「近いようで相容れない別世界」ゆえの決別も暗喩しています、

だからこそ、二人の別れは、はかなくて、小学生同士という立場ゆえ、何もできない切なさを描いたつもりです。

決して、一方的な愛情を拒否したのではなく、あの世界観、あの時点で精一杯の短い別れだったとご理解頂ければ嬉しいです。


ヒロコさんも小学校時代にもの凄く仲良かった友達が、ご両親の都合で転校することになって悲しかった思い出などはありませんか?

子供同士どれだけ仲良くしていたくても、どうしようもない転校。子供にとってはあまりに無力で、悔しささえ理解できない辛い思い出のお話。
世間的によくある事で、俺にもあります。大人には普通の事でも、子供には大事件ですよね。子供はそういう別れを経験して大人になってゆくものかと。


切ない思い出だからこそ大事にしたい記憶にもなるものです。
それを、ラオウとハーレという二人に投影して描いたのです。
だからこそ、お客様には「二人の友情と絆は美しいな」と思って頂きたいのです。
子供の設定なのに、二人がまったく子供に見えないので:笑、ヒロコさんのように「れっきとした恋愛」に感じる人もいるかもしれませんね。
そういう可能性も念頭に置いて、また面白いヘンテコな世界観を創っていきたいと思います。

ですから、どうか御気分を悪くなさらず、ラオイとハーレクインの別れを「ちょっと変な小学生たちの小さな成長の物語」と見守ってあげてください。

ご意見有り難うございます。
どうぞまた劇場にお越しください。
  • 伊藤えん魔
  • 2017/05/02 9:37 PM
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